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Way to be HAPPY

Life is a Journey

カミーノ巡礼6日目

今日は6日目。

FROM プエンテ・ラ・レイナ TO エステージャ

…の予定だった。

朝5時15分に起床。

過去最速の速さで支度をし、
(洗顔をすっ飛ばして、化粧もすっ飛ばして、挙げ句の果てに歯磨きさえもすっ飛ばした。)
アルベルゲを6時少し前に出発することに成功。

昨日の灼熱地獄の洗礼を受けた皆々はほとんど例外なく同じ行動に出た。

人間とは非常に面白い。

苦痛を避けようとする本能がちゃーんと備わっているのだ。
(絶対忘れてた人いたと思うけど。)

そして、嬉しいことにまだ肌寒いくらいで、ほとんど夜と同じ暗さでのスタート。

涼しいって素晴らしい。

が!しかし、シューズを履いて、立ち上がった瞬間からまたしても右足の足首に激痛が・・・!!

まだいたか・・・
この先、歩きとおせるかかなり不安である。

1歩1歩右足を下すたびに激痛が走る。
それでも、我慢して、痛みを無視して歩いていると、
とうとう左足さえも痛くなってきた。

無視できないほどに痛い。
毎日平均30000歩くらい歩いているけれど、
今日、22キロ歩くとしたら、これから先30000回の激痛を味わうことになるのだ。
もはや、耐えられない。むしろ、耐えたくない・・・!

途中でイタリアンポリスに追い越される。
Mr.スイスマッシュルームも一緒だ。
爽やかに挨拶してきたが、非常に腹立たしい。
足首さえ痛くなければ、お前なんて・・・という感じである。
何故かイタリアンポリスにだけは負けたくなかった。
(Mr.スイスマッシュルームなら許す。イケメンだし)

まさかパンプローナからスタートしたなんて…ねえ?
(てめえそれでも巡礼者かよ)
ま、私は荷物を次の街に送っちゃうフェイクペリグリノだけどさw

もはや、1日目のピレネーを一緒に越えたメンバーとの暗黙の了解なんだが、疲れたらリメンバーパールハーバーかのように、「リメンバーピレネー」が合言葉なのだ。

あんな極寒で1日中雨のビュンビュン風が吹きすさぶ中であのファッキンマウンテンを越えたことでかなりの結束感が生まれた。

そして、あのピレネーDAYよりヤバい日はもう来ない!(だから頑張ろう)
そういう意味での、リメンバーピレネーなのだ。
が、しかし、あのイタリアンポリスは越えちゃあいないのさ。
あいつはただのイタリアンポリスでしかないのだ。
そんな奴に負けちゃならねえ!精神がやたらと騒ぐのであった。

ついでに言えば、私の中で、日本で言う塾でお勉強頑張っちゃって、ママが「〜ざます」って言うタイプの人間で、東大入って官僚だかになって、まだ甘っちょなのに俺は民の上に立っているとか勘違いしているタイプ(やたら具体的でしょw)にしかもはや見えなくなって来てるということもある。大いにある。
いちいち人を見下しているような態度が目につくんだよね。
謙虚なフリしてるのも見えてるし、その上での見下しパターンはワーストですね〜私にとっては。

あいつは、誠実なんじゃねえ!
あいつは、臆病者の生真面目プライドの塊男や!

…ということで決着。

まあとにかくイタリアンポリス等には追い抜かされた。
(お前も捻挫しろやってちょっと呪っといた。)

そんなこんなで、ひたすら足の痛みに耐え、歩き続ける。

途中で、どうしてこんなに痛い思いをしてまで歩いているんだ私?という疑問がふと湧いてきた。
日本で夢見ていたカミーノはもっと楽しいものだった。
大自然の中で素晴らしい風景に圧倒されながらも、それらを楽しみながら、リフレッシュ…するだなんてことを夢見ていたはずだ。
どうしてこうなった?

足首の捻挫を説明するなれば、

1、バックパックの背中の長さがメンズ用の50リットルという大き過ぎるものっだったため、身長163センチの私には長過ぎて、お尻までバッグがいってしまっていた。
→股関節の可動域が狭まり、それと知らずに厳しいピレネーをこえたために、股関節に激痛が走るようになった。

2、股関節の痛みを和らげようと、無意識に歩き方がおかしくなり、結果的に足首を痛めることとなった。
(股関節の何かが足首まで繋がっているらしく、股関節がきちんと動かせないと足首の捻挫につながることが多いらしいということがネットで検索した結果、判明した)

でも、本当の問題はそこではない。

カミーノに来る前に、カミーノに以前来た女性から、
Just follow your heart.
という言葉をもらっていた。

そして、彼女は、歩き始めた当初、私のように辛かった時にとある仲良くなったオランダ人からその言葉をもらったそうだ。

言葉は、受け継がれていくものなのだ。

にも関わらず、そんなことはすっかり忘れ、皆と同じように、皆と同じペースで、皆と同じタイムで、皆と同じ距離を歩かねばならぬと、よくわからない侍スピリットを持ち出して、無理くり自分の身体に叱咤激励して(正しくは叱咤のみか)、歩いてしまっていたことが原因だろう。

「痛い」ということは、「そこ、動かなさいで!」という身体からのメッセージなのだ。

そんなことも分からずに、私の身体なんだから、私の好きなように使って然るべきだとずっと思ってここまで来てしまった。
だから、ずっと道具のように使ってきた。
自分の身体が思うように動かない時、思ったようにならない時、私は、
(どうして、そんなこともできないの!?)
と身体に憤ってきたのだ。

過食嘔吐然り。
やりたくない相手とのセックスも然り。
体脂肪吸引も然り。(痛いだけで全然取れなかった)

そんな中、残り9キロで本来行くべきであった街「エステージャ」に着くという時、もう2度と動かせないほどの痛さへと激痛は進行していた。
結局、そこで諦めて、アルベルゲへと避難したのだった。

アルベルゲに着いて、メールをチェックしてみると、とある方のメルマガが届いていた。

大きな事故を過去にしたときの経験談でした。
以下抜粋。

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臨死体験や神秘体験をした人は
けっこう同じようなことをいう人が多いのですが
本当に身体は借り物なんですよ。

私の感覚の中では
身体自体が高度な知的生命体なんです。
それに合意の上で入らせてもらっている感覚。
自分の所有物ではないんです。

だから、大切に扱おうという気持ちが
大きいんですね、今は。

よく、スピ系で
肉体を脱ぎ捨ててアセンション
みたいなことを言う方いますが
とんでもないですよ。

本当に、お世話になってるんですよ。
身体さんにね。
健気で献身的で文句も言わず
本当につきあってくれているんです。
私の人生に。

不注意や不摂生で具合が悪くなっても
一生懸命生きながらえさせようとする。

それが感覚的に分かってから
あの事故以来
身体をコントロールすることをやめました。
全部知ってるんですね、身体って。

魂の感覚ができてくると
肉体は自分の所有物ではないという感覚が
立ち上がってくるんですね。

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読んでいて、自然と涙が出てきた。
私は一体何をしていたんだろうと心から痛切に感じた。

もう、身体をぞんざいに扱うのはやめにしよう、そう思った。

もっと、もっと、大切に、ちゃんとメンテナンスをして、身体の声をきいてあげよう、と思えた。

だって、使わせてもらってるのだから。

そして、夕飯時、
私の身体は何を食べたいのかなぁ?と自然に思った。

米が食べたい。

そう返ってきた気がした私は、近くの食料店へと出向いた。

なんと、そこには夢にまで見た、米が売ってるではないか。
ずっと広大な麦畑の道を何キロも歩いてきた私は、
これが米だったらなあ…と何度も思っていたくらいだったのだ。

でも、1日目にアルベルゲで出された米がクソまず過ぎて、もしこれであんなクソまずい代物になったらどうしよう…という不安はあった。

でも、どげんかせんといかん!
の精神で(全く宮崎にルーツないけどね)、
頑張って、鍋で炊いてみた。

そうしたら、なんとなんと…!!
ものすごく美味しいご飯が出来上がったのだった!!

久しぶりの米すぎて、日本のコシヒカリより美味い気さえしていた。

一緒に買ってきたビール(1ユーロ)と生ハム(2.75ユーロ)と、きゅうりのピクルス(1.35ユーロ)で盛大なるディナーとなった。

このピクルスがまた日本の浅漬けのような役割を果たしてくれて、非常にイケるのだ。

結局、1.5合炊いたご飯をぺろりと数分間で食べ尽くした。

ものすごい満足感だった。

普段なら、食べ過ぎた罪悪感で嘔吐したくなっているシーンである。

だがしかし、今は違う。

ただの、ものすごい満足感しかない。

身体が純粋に喜んでいるのが分かるのだ。

もう、吐かない。

そして、これからはもっと身体の声を聞いて、食べるものを選択していこうとおもう。

今日の満足感はここ数年稀に見る満足感だった。

今日はもうさっさと寝て(今は8時過ぎ。まだ外は明るい)、
明日に備えようと思う。

精神的にはものすごい成長を得られた1日だったように思う。

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