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Way to be HAPPY

Life is a Journey

結婚と山と井戸

ある男女は、結婚とは夫婦で山を作っていくことだと言った。

毎日、二人の手で、時にはシャベルを使い、時にはスコップを使い、汗水垂らしながら、少しずつ少しずつ土を集めて山にしていくのだと。

昨日と今日の差は見られないかもしれない。

それでも、何年、何十年と時を経た後にはきっと大きな誰にも動かせないほどの、どうどうとした山になるだろうと。

 そして、彼らは黙々と土を盛り、山を作り続けた。

雨で山の土がさらわれてしまっても、土砂崩れが起きても、それでもめげずに土を運び続けた。

日を追うごとに山は少しずつ少しずつ大きくなっていった。

彼らはそのことに喜びを感じ、お互いを祝福しあった。

彼らは日ごとに、より幸せを感じるようになっていった。彼らはお互いが手を携えて作り上げてきた山を見るだけで幸せなのであった。

そして、その山はついには彼らの墓場となった。

彼らは幸せに生き、幸せに死んでいった。

 その山には、春には緑が萌え、花が咲き乱れ、不思議と見る者のこころを暖かくする何かがあると村の人々は言う。

 

 

 ある男女は、結婚とは夫婦で井戸を掘り当てることだと言った。

毎日、二人の手で、時にはシャベルを使い、時にはスコップを使い、少しずつ少しずつ土を掘って、いつか水脈にたどり着くことだと。

そうすれば、潤沢な水に恵まれ、私たちは幸せになるであろうと言った。

 彼らが掘り出した土は、その井戸になるべく穴の周りに少しずつ蓄積され、数十年後には山になっているかもしれない。

それでも、井戸を掘ることを目的にした彼らからは決してその山は見えることはなかった。

彼らは薄暗い穴の底で、水脈のことしか考えていないからだ。

上を見上げることもないだろう。

そして、とうとう彼らは水脈をあてることができずに、何年も掘っているうちにその掘っている場所の先に水が流れているかどうかさえ信じられなくなっていった。

そのうちに、とうとう最後まで信じることができずに掘るのを諦めてしまった。

もしかしたら、彼らが諦めた場所の数センチ下には水が流れていたかもしれない。

でも、それは誰にもわからないままだ。

彼らは穴から出てきた。

穴の周囲に作り上げられた山には目をくれずに、その山を取り崩し穴を埋めた。

そして、そこは、結婚というものの墓場となったのであった。

それ以来、彼らを見たものはいなかった。

 結局、その墓場以外、最後にはなにひとつ残らなかったと村の人々は言う。