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Way to be HAPPY

Life is a Journey

沖縄独り者旅行記 4日目 那覇2日目

そして、(いつもの通り)話は飛び、今日はすでに4日目突入していたりする。

最近の超絶眠たい病のお陰で昨日9時には記憶を失っていたわたしは、今日は8時に起きることができた。
というよりも、よくも11時間も寝たな…という感じである。
それでも、勇気を出して起きないとまた寝てしまえるくらいの眠気なので、我ながら恐ろしいと思う。

睡眠は大事だと巷では実しやかに言われているが、寝すぎというのはどうなのだろう…いや、明らかにダメな気がする。
でも、眠いんだ!だからしょうがない。
ということで、ここ最近眠たいままに寝ている。
無職のなせる技である。ムイビエン(素晴らしい)。

そして、履いていないパンティーが底をついたので、水着を着込んで、ホテルのコインランドリーへ。
というか、びっくりしたのだけれど、コインランドリーと書かれている場所に行ったら、不思議な扉があった。
そして、その扉を開けたら、荷物置き場みたいな狭い場所に洗濯機と乾燥機が縦になった状態でボンっと置かれていた、だけだった。
一体これを誰がコインランドリーだと思うだろうか。
ただの押入れに洗濯機ぶっこんだだけじゃあねえか!
いや、でも、言葉的には合っている。
いや、でも、わたしはこれをコインランドリーだとは認めたくはない…!
という葛藤が数秒あったけれど、ま、いっか。ということで、洗濯と乾燥をおとなしくしたのであった。

そして、おニュー(というか清潔な)のパンティーを履いて、東京で出会った霊能者さんのお師匠様だという方のいるお宅へ向かった。
沖縄といえば、ユタである。
ユタとは沖縄の霊能者の呼び名である。(と思ってるけど合ってる?)
調べてみたら、ホテルから9分で到着する立地にお宅があるので、この素晴らしい環境にびっくりした。
(むしろ調べてからホテルを取るのが普通かもしれないが)

そして、ピンポーンとお宅のベルを鳴らすと、優しそうなお姉さんが。
この方は、お師匠様の弟さんのお嫁さんらしい。
霊能者かと思った。
わたしはビビリなので、(みんなわたしの今考えていることがわかってしまうんじゃないか)病にかかって、ニコニコしている心の奥底では内心ビクついていたりする。
常に臨戦態勢、というか、いつ見られても大丈夫なような心持ちで居ようとする癖がある。
そして、すっっごーく疲れる。
それでも、その変な機能をオフに出来なくて苦しかったりする。
360度どこから見られても平気なわたしを装うのは予想以上に大変なのである。(まあ見る人から見たら抜けだらけだろうけどね。)
なんて可愛いのわたし。
というか、ただの被害妄想気味のやばいやつである。

お宅に上がらせて頂いて、美味しい冷えたわらび餅とアツアツのお抹茶を頂く。
昔、作法を習ったような記憶が何故かあるが、もはやそのままグビッと飲んでしまったので、もう忘れたことにした。
しかし、冷えたわらび餅と熱いお抹茶がこの上なく美味かった。

そんなこんなで、集まった4人の方々とお茶会という名の座談会が始まった。
各自の悩みをお師匠様(もうこれで表記を統一することにした)に聞いてもらって、魂からの回答を聞く、という方式で行われた。

魂からの回答と言うと、かなり怪しいspiritualな匂いがすると思うだろうが、回答はほとんど超実際的な感じであった。
当たり前と言えば、当たり前のこと。
でも、当たり前だと人々がないがしろにして日々を過ごしてしまっていることを思い出させてくれるような内容だった。

他人の悩みへの答えが、自分の悩みへの解決方法だったりするから、人とのご縁というものは面白いと思う。

4人いて、4番目だったのだが、実は、3人目の人々への回答で、(あ、もう聞くことないや〜)みたいな気持ちになっていた。
何故か、個々人に回答しているのだが、自分へのメッセージとしてとっても当てはまってしまうから不思議である。

当たり前のようで衝撃的だった回答を、1つだけ書いておこうと思う。
将来をくよくよ悩んでいる人への回答である。

「人は将来について、悩んだり不安に思ってしまうと、魂は過去や未来へ行ってしまうのね。でも、あなたの身体は今にしかいないのさ。だから、魂が過去や未来に行ったとしても、何も解決しやしないのね。だからこそ、今あなたが出来る最善のことをコツコツとやりなさい。」

と。その言われてる方は、ポカーンという感じであったが、わたしにはすごく響いた言葉だった。
そりゃあそうだ。なんだけど、そのそりゃあそうだを蔑ろにして日々を生きてきてしまったなあと思ったのであった。

「不安に思うことがあったら、書き出してみるといい。何が、不安で、どうして不安に思っているのかを。そして、期限を決めて、その不安に対して今行動できることをひとつひとつコツコツとこなしていきなさい。そのうちにその不安は消え、自信に変わっていることでしょう。今、を一生懸命に生きないで、未来にばかり目を向けていると、結局何ひとつできないまま人生が終わってしまうからね。」

これってすごく当たり前のことでしょ?
でも、その当たり前のことを当たり前にできていない人がたくさんいるんだな〜と思った。わたしも含めて。
そして、それってすっごく勿体無いことだなあと感じたのだった。

最後にこの例えがすごく面白くて腑に落ちたからご紹介しよう。

「例えば、今日の昼にあなたがタコライスを食べたとする。でも、本当はステーキが食べたかったとする。それで、あ〜ステーキが食べたかったなあと昼飯について後悔しても、もうどうしようもないでしょ?そこで、今3時だけど、あなたが、次にその後悔を晴らす為にどういう行動をするか、しか、その後悔に対してできることって何もないのよ。過去を悔やんだって、あなたの昼食がステーキに変わることは絶対にないでしょ?だったら、夕飯にステーキを食べるとか、今からステーキを食べちゃうとか、明日ステーキを食べようとか、自分に約束してあげて、その後悔を終わらせることしか出来ないのよ。過去については考えるだけ無駄ね。今からできることを考えなさいね。」

というくだりである。

参った、としか言いようがなかった。

全くもってその通りなのである。
馬鹿か、ってくらいの内容だけれど、その馬鹿かって行動を1日に何十回も私たちは無意識にしてしまっているのだろうなと思うと、背筋が凍るような気持ちになった。
なんという非生産的な思考を毎日してきていたのだろう、と。

だからといって、はいそうですか。って今日から変えられるほど私たちの頭というか心は合理的に出来ていないと思う。
だからこそ、自分の思考を観察して、あ〜またやっちまったわい!とか突っ込みながらも、少しずつ気づいていくことが大事なんだなと思う。

という素晴らしいお茶会も終わり、内地からわざわざ来たわたしを気遣ってくれたお師匠様のご好意で今日は今からお宅で夕飯をご馳走になる予定。
ドキドキするけれど、すごく楽しみである。
図々しくも行ってしまうあたり、わたしらしい。笑
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