Way to be HAPPY

Life is a Journey

どうにかなるか

最近、よく思ってること、
それは、「どうにかなる」ということ。

今まで、どんな苦難があろうとも、
すげー借金背負ってたとしても、
どうにかなったよなーって考えるようになった。

不動産投資に手を染めていた時のローンの総額は1億800万だった。
でも、それら全てを買った時より高値で売っ払ってくれて、
手残りを残してくれたのが元旦那。

そりゃあ恨むに恨みきれん。
あの人は、決して悪気がある人ではなかった。
ただ、自分の感情をどうすればいいか分からなかっただけなんだと思う。
もう2度とごめんだけど。

その手残りもそろそろ尽きようとしている時。

でも、今私が思っていること、それは。
どうにかなる。
それだけしかない。

きっとどうにかなる。

昔、母親がよく言っていた。
「どうにかなるさー」って。

親父は自営業だったし、公共施設しかやらない建築士だったから、
不景気の煽りを直に受けていた真っ最中に、
母親が言っていた。笑

で、親父は「どうにかするのは、俺だろが!」ってよくキレていた。

でも、今なら、それをどうにかなるようにもってってたのは、
あのちょー楽観的な母親なんじゃねえのかって思ってる。

もはや、なんくるないさーの領域だよね。笑

私は母親がちょっと苦手だけれど、
あの人は、本当に家族に尽くしてくれた。
心から感謝している。

そんな母親に私のために苦言を呈してくれた、
私の第二の母親(本人曰く)のおばちゃんにも感謝している。
それから、母親のストーカー具合が減ったから。


今は亡き、おばちゃんのことを想う。

この世から、まずはこの日本から、
癌がなくなるよう、私は頑張るよ。

とりあえず、朝に一杯の味噌汁を奴に飲ませとくさ。

祝里さんの年末年始の特別ワーク

はい、昨日、祝里さん(元藤田さん)の年末年始の特別ワークに行ってまいりました。

年末年始のワークショップ初日が終わりました。 | ホリスティック・ウェブ

とっても濃ゆいワークだった。

彼が行くっていうものだから、2人で行ったのだけれど、
最初は、あやつの祝里さんを見つめる目が気に入らなかったよ。

でも、なんの前情報も与えないままに、テキトーに連れて行った私も悪いといえば悪かった。笑
途中から、祝里さんの話すことに反応し始めたから、しめた!!!という感じだったの内緒。

だって、所謂スピリチュアルスピリチュアルしているワークには、絶対私は他人を誘ったりしないもの。

祝里さんは私がスピリチュアル行脚していた中で、最も理論的で、最も実際的。
ふわふわした感じが全く無い。

ふわふわ感にお腹いっぱいになっていた私は祝里さんの説明が実は大好きだったりする。
千葉のねーさんは言われていることがよくわからないって言ってるけど、きっとそれは、
ワーク中で説明してくれた、「目」の人か「耳の人」か「身体感覚(触覚)」の人かの違いなのかな?
とも思った。
でも、ねーさんはわかってないって言ってるだけで、実はわかってるのだと思うけど。

祝里さんは、「耳」の人だって言ってたけれど、
「目の人」か「耳の人」か「身体感覚(触覚)の人」のどれもあるけれど、
そのうちで秀でてるのが「耳」ってだけの気がしてる。

兎にも角にも、それから、気持ちが楽になった。
今すぐ別れたいと思っていた気持ちが消えた。

ただ、彼と私は真逆に違うだけなんだなってことがわかったから。

面白いんだけど、マヤ暦でも真逆なの。
鏡の向こうKINっていうらしい。
それも、もう飽きちゃって全くやってないけど。

私と私の本質を繋いでくれている、いつもそう思ってセッションに行ってる。

気づけばそろそろもうすぐ2年になるなーーーー。

時が過ぎるのは早い。

ソードアート・オンライン アリシゼーション 第3話

はーい。
すでに3話目に突入!!

またしても面白い気づき。

ユージアというキャラが洞窟に入る前に
とある呪文を唱えます。
でも、それは人間がこの仮想世界を作る際に指定したコマンドのようなもの。
システムを呼び出すコードなのです。

それを、仮想世界の住人であるユージアは呪文または祝詞(だっけ?)
のようなものと言い切るシーン。
そこで現実世界から来たキリトは、
(ああ、この世界でいうシステムの呼び出すコードは呪文のようなものなんだな)
と思うシーン。

これってさ・・・
私たちの現実世界だと思っているこの世界でも同じことが言えるんじゃないの?
って思っちゃった。

その世界を人間が作ったか、人間が神様と思っている存在が作ったかの違いだけ、
ということ。

私が幼い頃抱いていた疑問とそっくり。

この世界は、本当は私たちより高次な存在が作っていて、
私たちはただ、箱庭のようなものの中で生きているだけに過ぎないんじゃないか。
ずっとそういう疑いを持って生きてきたから。

当時はそこまで想像力というか、日本語的な表現力も乏しかったから、
夏休みのアリの巣研究
みたいなもんなんじゃねえか?って思っていたわけ。

いやーーーアニメってすげーーー
ここまできちゃった。

ソードアート・オンライン アリシゼーション 第1話

私は、アニメがとても好き。
映画も好き、小説も好き。
と、まあ現実から逃避できるならどれでも好きなんだけど。
特に魔法モノが好き。

ハリーポッターもわざわざ大阪行って、
USJで杖買ってくるくらい好き。
(結局、プラスチック的なもので出来ていたからテンション下がって捨てたけど)

将来の夢は、パン屋の次は、魔女だったのを思い出した。
ずっと意味のわからない象形文字を自分で編み出して呪いしてた。
今もなれるなら魔女になりたい。
この前、素敵なステッキ(www)も買ったしな。

そして、ソードアート・オンラインというアニメはとても好きで、
全てのシリーズを見ているのだけれど、
なかなか最近は見る暇がなくて、今日久しぶりに見た。

とうとうここまで踏み込んできたーーーーーーー!!
という感じの内容。

魂にまで言及し始めました。

知らなかったけど、
マイクロチューブル(微小管)
についてアニメの中でご紹介。

そこが所謂魂と繋がってるのだと。

ameblo.jp

この人の記事がとても面白くて分かり易かった。


ついでに、そのシーンの中で、
いかにもインセプション(映画)っぽい考え方だなーというところも。

詠み込みができるってことは、
書き込みもできるのでは?という議論。
なんだか面白い展開になってきた。

やっぱりアニメは良いなーーーーーーー

ガチャ目の顛末

この前、HPに使う写真を撮ってもらってきた。
わざわざ、プロにお願いして。笑

いやーー写真の修正に1週間くらいくださいっていうから、
きっとフォトショ駆使して、すげー小顔にしてくれたり、
顔とか修正してくれてんだろうな、って勝手に期待してたけど、
昨日届いたもの、それは・・・

まんまやったwww

吐かなくなったから、ちょっとは小顔になったか?と思いきや、
別に変わってない。
パンパンや。

千葉の姉さんに愚痴ったら、
ゲッソリよりは良くね?ってきたけど、
ゲッソリとパンパンを比べてはならないのである。

普通。がいい・・・・


そして、全てのショットがやはり右目と左目の大きさが違う。

これは先祖代々だから、となぜか幼い頃両親に慰められたけれど、
兄弟で私だけじゃん、何それってすごい頭に来ていた。

整形するなら、まず目からだとずっと思ってきたし、
今はどうやら安価でできるようなので、
もう行っちまうかくらい思っていた。

そこで、この記事!

eye-media.jp


雌雄眼(しゆうがん)
と言って、なかなかいいものらしいぞ。

長年のコンプレックスがなんだかこれでいいんじゃねえかって思えた日。

目の大きさ違うだけでモテるんだよ?
(この記事によればw)

すっごいお得だね。

誰だよ、左右対称が良いって言ったやつ。
アシメントリー神!!!!!

ということで、無理やり今日も自分を納得させてる始末さ。

エネルギーの食い合い

前のセッションでその話を祝里さん(藤田さん)から聞いて、
ずっと気になってしまっている。

きっと私は被害者ぶりたいがために、
今回、エネルギー持ってかれちゃう役をやってみているだけなのかもしれないけれど、
でも、どういう理論でどうなっちゃってるのかが今無性に気になっている。

祝里さんは、私から奪おうとしないどころか、
エネルギーを送ってくれている(というかずっとおくってくれていた)
ということもその時に知った。

だから、行くまでは病院に行くのが嫌で仕方ない子供みたいに、
すごく行きたくない衝動に狩られるのだけれど、(エゴのなせる技ね)
行って祝里さんに会って、その部屋のドアをでてからはものすごく気分がいいの。

それから、他の人に会うまでは。笑

私は、すごく内弁慶なところがあって、
自分から誰かを誘うということは人生においてほぼ皆無。

誰かを自分から好きだからとて誘うこともなく、
友達を遊びに誘う事は小学生の頃からほとんどない。
誘われても、気が乗らなきゃ断ってた。

すごく傲慢な子供で、
自分の感情でみんなを支配していたように思う。
みんなを私の顔色を窺うように仕向けていた。
本来、私にはそういうところがあったのだと今感じる。

ところがいつからか、今の性格に変わってた。
それも、とても不思議。

でも、最近誰かのブログで、自分が一緒に居て、
わくわくする人のそばにしか居ない方がいいって読んだ。

そうなると・・・誰も居ないという事実に驚愕した。

対等な友達、エネルギーを食ったり食われたりしない、という範囲で考えるのであれば、
正直、誰も居ないに等しいのだ。
彼氏であっても例外ではない。

でも、今更気にすることもない。
ずっとそうだったのだから。

一緒にいて、わくわくする人、
それを探す旅だと思えばいい。

私のエネルギーを奪わず、
マウントもせず、
でも、私が一緒に居たいと思うひとを探すのだ。

自分がお客として出会った人々であれば、
居るけれど、それとこれは別にしなくてはならない。

訳も分からず、メールをしたり、
親しくするのを私はしたくない。
垣根が見えなくなるから。

でも、きっと2019年!!
大丈夫でしょ。きっと、きっと。

もう、食い合いはごめん。

Rebel Luck

今日は久しぶりの過食嘔吐

そんな中、無性にカラオケに行きたくなって、
一人で行ったった。

1時間で追い出されたよ。笑

私はもともとカラオケが大好き。
それも一人で行くのが。

誰に聞かせるでもない。
自分で自分に聞かせて、
満足する、そういう手法w

今日は高音がうまくでないので、
なぜか昔好きだった鬼束ちひろへ。

久しぶりにこの歌を歌った。

よくわからないけれど、
歌いながら涙が止まらなくなった。

ああ、私はこの人のこの歌詞の感性がすごく好きだったな、
って思った。

歌詞がなんか、くるんだよね。。。



途切れない軌道
確かな意味と何度はぐれても言える
「全てはきっと私そのもの」だと

跡形さえ無くなった心が私を抱き
「貴方の方が少し脆いだけ」と言う

行き場を失う衝動に 横たわったなら思い出して

「信じようとぶつかる壁を恐れないで」
破けた靴が私を連れ戻す 錆びれを疼かす正体を 突き止める事じゃ進めない
幾ら階段を踏み外しても 幾ら迷っても言える
「こんな足でも 歩けない筈は無い」

途切れない軌道 確かな意味と何度はぐれても言える
全てはきっと私そのもの微かな糸に変わって行く
自分が自分を見失ったり絶望に潰れそうな時
思い出すだけ 何にも失くしてない