Way to be HAPPY

Life is a Journey

性病にご注意2

とうとう病院に行って来ましたよ、というお話。

夜までやっている婦人科だったので、
女性のメッカみたいになっていたよ。

ああこんなにいるけれど、性病で来ちゃってるのって、
私だけなんじゃねえのかな、という切ない感じ凄かった。

妊娠している人や、妊娠できない人とか、
そんな中で・・・

私、性病ですから。

先生は男性だったのだけれど、
PCむいてて、私が先生を横から見るような姿勢で、
先生、一度も私の顔見なかったもんねw

目があったら、性病うつるかな?www

そんな中、4粒ほどの薬をもらって終了。
一気に飲み干せ!それから3週間後検査に来てください。
という指示をいただきました。

こんな・・・4粒で治るんかい!!!!驚

毎日4粒飲みたいくらいだよ、わたしゃ・・・

原因について、「どうして検査したのですか?」
と聞かれ、まさか最近うっかり他の男とやっちまって。
なんて言えない私は、
「なんとなく」と答え、
挙げ句の果てに、
「これって、ウォシュレットとかでもうつりますかね?」
と聞き、苦虫を潰したような横顔をされました。

なくはない、とのこと。

彼氏の分も要りますか?
と聞かれたので、
要りません!と答えて颯爽と帰って来た。

これで、彼氏に暴露って、
彼氏が白だったら、まずい、からねw

そんなこんなで私の性病事件は終了です。

お疲れちゃん、私。

性病にご注意

股に蜘蛛の巣張ってるくらいヤってないからって、
性病じゃないとは限らない。

そういうことを学んだ今日この頃。

それこそヤリにヤリまくっていた20代。

確か27才の時にビビって受けた検査はクリーンだった。

そして、、、今日悲報が届いた。

まさかのクラミジア陽性!!!!

えーーーーーという感じでちょっと自分に引いた。

何故性病検査をこの後に及んで受けたかというと、
1年半ぶりに初めての違う男との性行為に及んだからである。

前回の生理が、なかなかに痛くて、
よもやこれは・・・
と思って、郵送で結果が出るやつを
いつものAmazonで購入したわけだ。

そして、その相手に結果を伝えてみたところ・・・
まさかの白発言だった。笑

彼は、来週病院を早速予約したそうだ。
長い付き合いだと、そういうことももはや笑い話で、
さっさと治して、ヤろう。
みたいなよくわからない話になってくる。

それでいいのか?
そもそもそういう問題だったのかという謎な展開に。

来年には上場を控えている会社をヤっているくらいだから、
おっと間違えた、やっているくらいだから、
絶対毎晩オネエチャン(古い)とヤリまくってるんだろうなと、
だから、お前にうつされたんだぞ、と暗に言ったつもりが、
見事に肩透かしを食らってしまったのだった。

ということは、だ。

今の彼と付き合ったのはほぼ2年まえ。
私は真面目(なのか)だから、他の男とヤったりはしていなかった。
というか最近は彼氏ともヤっていない始末w

なのに、何故だ。
何故、私はクラミジアに犯されているんだ!

ということ、だ。

その前からクラミジアだった疑惑が浮上するわけで。

私は、数年間クラミジアを体内に抱えたまま生きてきたわけで。

そうなると、去年の流産も納得が行くわけで。
クラミジアを罹患していると、流産の可能性が上がり、さらには不妊症の原因にもなります)

えーーーーだよね。

でも、彼氏にうつっているような感じはなかったんだけど。
と思って調べたら、50%は症状がでないようで。

色々なサイキッカーや体のことに詳しい方々にお世話になってきたこの2年間。

どうして誰も気づいてくれないのだろう。という他人任せな疑問も少し。

体のことに詳しい方々はさておき、サイキッカーを名乗る方々もお気づきになられなかった。

ということは、一体、どういうことなんだ!!!!

妊活のためには豆を食え食え指導されてきたけど、
そんな講座に妊活していない私は20万くらい支払ってしまったけど、
結局、性病検査、大事なんじゃないかと。

だって、1人(旦那とかを想定)としかヤってなくても、
その結婚前とか、付き合う前とかにうっかりヤったやつのせいで、
不妊気味、とかあるじゃんね?

20万払う前に数千円で、性病を検査することをみなさまにはおすすめいたします。笑

あーせっかく腸内細菌大事に育ててきたのに、
これから抗生物質で、大量破壊する羽目になっちまった。

断食して、癌は治っても、
クラミジアは治らないんじゃないかな。

米食って、体調はよくなっても、
クラミジアは治らないんじゃないかな。

検査不足の自分を呪う今日この頃。

満月を仰ぎ見ながら寝る夜

 

父にも仏眼と十字神秘が両手にあったことを初めて知った。

 

3人の子供を田舎の自営業ながら大学まで行かせたのだから、それはそうかもしれない。

 

収入がままならくて、そんな中大学受験の勉強を夜中までしている私を見て、鬱にまでなってしまった父。

 

今は元気に、持病と戦いながら生きていてくれている。

 

神様に感謝。

ご先祖様に感謝。

私は幼い頃から祈っていた。

物心ついた頃には祈っていた。

 

どうか父と母を連れていかないでくださいと。

父と母を連れて行く前に私の命を使ってくださいと。

 

それを思い出した夜。

 

父は私と同じ能力を持っていた。

 

目の前の人間の善悪がすぐにわかるという。

 

私の欠点はわかっていても期待をしてしまうところだということを理解した。

 

人を傷つける人をも信じようとしてしまう。

 

それは私の欠点である。

 

風が漣の音を連れて来る。

まるで海にいるよう。

 

私は良き両親の元に生まれた。

 

私は恵まれている。

 

だからとて、そうじゃなかった人より責を受けるべきことはなにもない。

 

だって、それはあなたが選んで生まれた人生だから。

 

気にすることはない。

 

私は恵まれた両親の元に恵まれない精神で生まれただけなのだから。

 

なにを言われる筋合いもない。

私は私がおかしいことを知っている。

 

それでも、そうじゃないと型にはめたい人々がいる。

 

私はいったいどちらなんだろうか。

 

私は自分の生へのエクスキューズでそう言っているのだろうか。

 

わからない。

 

わからないけれど、この世界はあなたたちが感じているよりかは生きにくいものだと私は思っているのだと思う。

 

疑問は苦しみ。

 

迎合や擬態も苦しみ。

 

彼らはそれをしてさえも、安寧に生きているのだろうか。

 

その疑問や迎合や擬態をしていないからこそ、

私をそこまで否定出来るような気がしてならない。

 

何故なら私は絶対にそれをしないと心に決めているから。

 

そして、排除される立ち位置にいなければ、それはきっと分からないだろうから。

 

人を導くことは容易い。

何故ならそのようにすればいいから。

 

人をあるがままに認めるのは難しい。

何故ならその人の生きてきた人生や記憶、経験が邪魔をするから。

 

その違いをみんな混同している。

 

あなたは人よりも優れているから人を助けているのではない。

人よりも慈悲があるから人を助けているのではない。

 

あなたはあなたがそれによって救われるからやっている、ただそれだけなのだということを理解しなければならない。

今日もクラブで。

美しい女性に見とれていた私。

一緒にいた人に、見とれ過ぎだと言われるまでずっと見とれていた。

 

最近恐れていること。

 

それは、私はバイセクシャルなんじゃないかということ。

昔よく同世代の女の子からベッドに誘われた。

でも、わたしは理解していなかったし、怖かったから断って逃げた。

 

今その事実に向き合う時なのかも知れない。

 

イケメンより、筋肉隆々なマッチョな男性より、わたしの目を奪うのは美しいと私が思う女性だ。

 

とても綺麗で目が離せない。

だからとて、性的な欲求があるわけでもない。

ついでに言えばどんな男性にも特に性的欲求を感じることもないけれど。

 

美しいものは美しい。

それだけの世界で生きていられたら。

母の偉大さ

私のおばあちゃんはもう94だ。

それでも、ボケることなく、頭はしっかりしている。

神経症で、手が震えるのと、耳が最近遠くなった以外は。

私のお母さんは、そんなおばあちゃんの家に嫁にきた。

おばあちゃんの夫は、戦後今でいうPTSDにやられて、
飲みすぎて、死んだ。
それまでは、とても良い人だったと言う町民の証言がある。

戦争は人を変える。

そして、さっさと飲みまくて暴れまくった挙句におじいちゃんは死んだ。

そんな中、おばあちゃんは必死に働いてお父さんを育てた。

そして、結婚した相手のお母さんをいびりたおした。

同居していた私は、それを全て見ていた。

いつも気丈なお母さんが夜になると寝室で泣いているのを見ていた。

お母さんは隠れて泣いていたつもりかもしれないけど、
私は、そんなお母さんを見ていた。

お父さんは、仕事で忙しいとそれを黙殺していた。

お兄ちゃんはそんな家庭に堪えきれなかったのか、
思春期になると、お母さんに暴力を振るっていた。

私には何もできなかった。
ただ、お母さんのお手伝いをすることしかできなかった。
お兄ちゃんを止めることは私にはできなかった。

お父さんは私には暴力を振るうことはなかったし、
お姉ちゃんにもなかった。

でも、お兄ちゃんを背負い投げして、
玄関の分厚いガラスがバリバリに割れたのを私は知っている。

私はお兄ちゃんが結婚しないのも、
家に寄り付かないのも、
全て理由は理解しているつもりだ。

私は、両親に愛されていたこと、今でも愛されていることを理解しているつもりだ。

でも、そう思えないお兄ちゃんの心情もすごくよくわかる。

私の家も、他の家と引けを取らないくらい異常だった。

私は人一倍、空気を読む癖があったから、
本当にあの時の家の空気は耐え難かったものはある。

でも、それでも、お母さんは誰の悪口を私に吹きこむこともなく、
気丈に育ててくれた。

あんな素晴らしい母親はまあいないくらいな感じがしている。

私の家は本当は異常だった。

でも、お母さんのおかげでそこまでは思わなくても良いようにしてもらっていたのかもしれない。

私は恵まれた家で育った訳ではない。

でも、恵まれていたともわせてくれたのは、母が、私の母であったからかもしれない。

まあ、私だったら、ソッコードロンしているような家だった。

大切な人

私は基本的に人が苦手だ。

付き合う友達は片手程度。

それも、年々減ってきている。

特に顕著なのが、自分から連絡したい人間が少ないと言うところかもしれない。

地元の友達は数人いるけれど、帰ってわざわざ会いたいと思うのは、1人くらい。

昨日、半年ぶりに会ったけれど、
そう言う友達は期間は全く関係なく、
昨日会っていたかのように話が弾む。

そして、大学の時の友達1人。
彼女とは良く会うし飲むけど、
お互い腹の虫が治らない時は、お互いの意見否定大会になる。笑
でも、それがお互い理解の上だから、また会いたくなる。

そして、彼氏。
まあ毎日会っているから会話はへるけど、
理解してもらってる感が多分にある。

残りは、久しぶりに会う歯医者の先生。
彼には奥さんもいるし、お子さんも居るけれど、
私が離婚する前から離婚した現在まで見届けている稀有な存在。
私も先生が好きだし、先生も私が好きだと思う。
そして、それは男女としてではない。
同類であるという稀有な存在なのだと言う認識がお互いにある。

と、カウントしていくと、
片手にも満たない。笑

実の兄弟でも上記ほど親しくなることはない。

やっぱり遺伝子を超えて、世代をも超えて、
繋がるものがあるのかもしれない。

マウントせず、マウントされず、
見上げず、見下さず、
そういうイーブンな存在ってそれくらいしかないかもしれない。

いまだに疑問なのだけど、
どうして、人ってマウントや役割分担を求めるのだろう。

役から外れたらただの人ってことを誰も気づいていないのかな。

両親の祝福

アガスティアの葉を開いた時、
「良き両親の元に、良き関心を持って生まれ育った」
といわれた。

私はその時、反感しかなかった。
あれが良き両親?って。

今、この歳になって、
ボロボロになって実家に帰ると、
その意味をひしひしと理解した。

私のことを理解してくれて、
かつ、否定もせず認めてくれるのは、
きっと両親だけかもしれないと。

ここまで来るまでには、きっと両親も私に期待をしていただろうし、
私もその期待に答えようと必死になっていた時もあった。

結婚して、離婚した。

そして、今、なんとなく働いて生きている。

私は、両親に失望された、と思っていた。

でも、そんなことはなかった。

彼らは常に私を心配してくれているし、
離婚して、彼氏はいるし、同棲しているけれど、
結婚はしたくない、と言うと、
おお、そうかそうか。
と、フツーの対応。

でも、実家に帰れば、良く帰って来たな、
と美味しい料理を用意してくれて、
普段はお酒を飲まなくなったくせに、一緒にお酒を飲んでくれる父。

また、帰ってこいな、って送り出してくれる父、

私は、なんて良い両親のもとに生まれてきたんだろうと、
心からそう思っている。

第1室、アセンダントと一緒にいる逆行した土星が、
ほとんど全ての惑星にアスペクトしている私は、
自分に自信はもてないし、優柔不断だし、心は乱れがち。

だからこそ、この両親の元に生まれてきたのかもしれない、
とインド占星術をしれば知るほどそう思うようになってきた。

母親からは誰の悪口も聞いたことはないし、
父親は、人からの信頼がかなりあつい。
そして、何よりも私を愛してくれることがすごく伝わってくる。

思春期だったらわからないこと。

たまにそう言う両親のもとに生まれてきたくせに、
って人から批判されることもあった。

でも、これは、私が生きにくい人生を選んだからこそだと思っている。

人の人生についてとやかく言う人はナンセンス。

人と自分を比べて良いことなんて何もない。

でも、私は、本当に、この両親のもとに生まれたこと、
この両親を(私は覚えてないけれど)選んできたこと、
それだけは、感謝しようと思えるようになった。

そう言う両親だからこそ、
幸せにするためには、私が幸せにならないとならない。

私は、幸せになる義務がある、権利はもちろんのこと。

そういうことを考えてしまう、お盆。

自己評価

この前、とある保険会社の勉強会に行った。

今日は我が社に招待されて、その保険会社の担当者がいた。

彼がいうには、その勉強会で私を見た社員が、
私のことをとても綺麗だったと、どこの誰だと、
とうとう私の保険募集人の情報を調べ上げて、
私の年齢まで調べたそうだ。

彼は、私の年下だった。

そして、彼は悟った。

ああ、年上だったのか、と。

そこから思うこと。

私は、ここ最近ずっと自分が醜いと思っていて、
どこに行くにも億劫で、
鏡を見るたびに、ため息をついていた。

でも、他者評価はそうではなかったのか、と。

実年齢より勘違いしてくれたほどに、
意外と若く見え、
綺麗だと思ってくれる人がいたのだと。

確かに、おじさま方々からはちやほやされるけれども、
それは、年齢差のエネルギー差というか、
その年齢の差によるエネルギーに惹かれているだけかと思っていた。

私は私にやっぱりまだ自信がなかったのだ。

どこに行くにも、他人には悟れられないように気をつけているからこそ、
バレはしないけれど、私は私にまだ自身がないのだと気づいた。

いつも四六時中、私は醜いのだと思ってしまっている。

客観的に見た目で言えば、私より見栄えが良くない人なんてざらにいるだろう。
そして、もっと見た目がいい人はおなじくらいざらにいるだろう。

なぜ私はこの世界と見た目で戦って行こうとしてしまっているのか。

毎日、毎日、考えている。

なぜ、この身体を許すことができないのであろうかと。

毎日、毎日、この身体を呪う事に少しつかれている。

もっと幸せな人はごまんといるのに。

醜くとも。

私は、美というものを神格化しすぎていて、
もはや、自分を認めることはできそうにもないことを悟った。

中途半端に美しく
中途半端に美しくない

よっぽど、どっちかにふれていればよかったのにと思う。

政治の世界

この前、題名に精子と書いてみた。

そしたら、今日、新月の今日、
政治についての話が舞いこんできた。

私の会社は、というか正しく言えば本体の方は、
政治団体と非常に懇意にしている。

法人格上、それを明らかにしていないだけで、
きっとどの似通った団体もそうなのだと思う。

今日、本体の方の会長や経営陣と、
弁護士会の人たちとの懇親会があった。

私のこの飲みっぷり。。。は彼らの中で有名担っていたそうだ。
そして、私のこの見た目と頭脳と、喋りっぷりはどうやら政治家向き、だとのお墨付きを全員一致で頂いた。

近々私は、議員との会食に連れ出される予定となっている。

そこの議員の秘書となって、経験を積んだ挙句には選挙に出たらいい、と言われた。

何年修行を積むのかはわからないけれど。

私を差し置いて、彼らは非常に盛り上がっていた。

でも、私も思うところがある。

この国の出生率の低さは、女性の不安感が根底にあるからではないのかと。

できる女性ほど、結婚や出産を恐れている。

そして、もう1つ。

できない女性でも、旦那がもっとできないと、
この人の収入でやっていけるのかしら、という不安があるはずだ。

特に都心やそこら界隈に住んでいる人たちは。

私もそうだった。

一生遊んで暮らせる状態で、子供を作りたくなかったのは、
旦那と一生面倒をみていくであろうその家族に不安しかなかったからだ。

そして、そこから抜け出した今、何が不安と言えば、
甲斐性と将来性のないパートナーである。

まあ何よりもこの人の子供が欲しい!
という強い女性ならではの欲求が訪れないことは大きいかもしれないけれども。

そういう感覚の女性は少なくないのではないだろうか。

弁護士の人たちも私を政治に焚きつけるのは、
その弁護士事務所に有能な女性がいるにも関わらず、
子供を受け付けてくれる施設や団体が乏しいことも大きな要因である。

これは、待機児童が騒がれている都心の話だけでは、決してないのだ。

地方でさえ、受け入れ体制が整っていないのが現実だ。

女性に働くことを勧める政策が多い中、
では育児をそこまでサポートしているかと言えば、
決してそんなことはない。

無償化よりももっと先にやるべきことは多くあるのだ。

それでも、政府は無償化を決行しようとしている。
そこにも正直、問題は勃発する余地が多分にあるのだけれど。

働け!という反面、サポート体制が全く整っていない。

無償化で促進されるであろう部分は、所得の少ない層ではないだろうか。

女性弁護士で、働けない人が多くいる。
その理由は、お金はあっても、子供を受け入れてくれる施設が少ないからである。

核家族化が進んでいるのはみなさまご承知の通りだと思うけれど、
誰も面倒をみてはくれないのである。

お金があっても、払う先がないのだ。

そういう問題を現状では、誰もが気づかないか、
気づいても、スルーしようとしている。

私から言わせてもらえば、そういう層の女性こそ、
機会損失としか言いようがない。

無償化よりも、もっと先にすべきことがあるだろう。

そういう話をしてしまったら、みんなの心に火がついてしまった。

なるようになるさ。
とは思っているけれど、今日は、ちょっと政治の世界に興味が湧いた。

私が変えられる世界があるのであれば。

1人1人のケアには全く興味が持てなかった私。

それでも、多くの大衆の心を動かすことについては、
とても楽しそうだと思った。

彼らの思うように動くことで、自分の理想を実現してもいいのかもしれない。

私はもっと大きなことがしたい。

子供を産まないと決意した人はしょうがない。

でも、生みたいけど、社会がそうさせてくれない、
そういう問題を持っている人に、少しでも、もっといい環境が用意できる可能性があるのなら。

そういうことには身を粉にして働く意味があると思った。
そういう今日この頃。

よくわからないけど、みんなが私をサポートすると張り切っている。

今がやりどき、なんじゃないだろうか。

もうすぐ喪が明ける。