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Way to be HAPPY

Life is a Journey

蒙古ひだについて

夜の仕事を始めてからやたらと目が綺麗だねと褒められるようになった。

目が綺麗ってどういうこと?

と思っていたけれど、先日理解した。

私には日本人の8割が持つといわれる蒙古ひだがなかったらしい。

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眼球も九州の方々に多いと言われる薄い色の光彩が使用されているし。

だからとて、何がいいかは分からないけど、まあ褒められるということは良いことなのかな。

目頭にゴミが溜まるのはご愛嬌? 

 

アドバイスとは

人は誰かの相談に乗るとき、すべて自分の経験や知りうる知識の中で答える。
それはそうで、自分の経験にないことや知らないことに答えられるはずはない。
だがしかし、だ。その中で答えるといっても何かが違う、そう思うことが最近とても多い。
一体何が違うと私に感じさせるのか、それを考えていた。
それは、答え方、である。アドバイスの仕方と言ってもいい。
なぜ人は、人にアドバイスをするとき、高圧的または断定的になりやすいのか。
そして、なぜ人は、自分の過去をそこまでアピールしたがるのか。
相談をしているのは私なのに、何故か相手の過去の辛かったエピソードに相づちを打つ羽目になるのか。謎である。謎すぎる。そして、うんざりする。
例えば、私が仕事のことで悩んでいるとする。
そうすると、知らない間に自分はこれだけ大変だった!というアピールが始まる。
まあ、(だからあんたもそれぐらい出来るでしょ)ということなのだろうけど。
根本部分は一緒かもしれないけれど、大学にも行けず働くしかなかったことを以て、私は大変だった!あなたよりもずっと大変だったのよ!と言われても、なんのアドバイスにもなっていない。
じゃあ大学にさえ行っていれば大変じゃなかったとでもいうのであろうか?
大学に行こうが、行けずに働こうが、結局は同じなのだということを忘れている。
人間である限り、何をしていても悩むし、考えて行動していかなければならない。
それは一緒。誰が良いでも悪いでもない。
それと同じで、誰が優れているとか、誰がより楽な人生だった、とかもないのだと思う。
裕福な家庭で、親の理想を押し付けられて朝から晩まで塾に行き、良い大学に行ったからって、それは幸せなことと言えるだろうか?
また、親が貧乏で親の借金を肩代わりし、働いて来た人が不幸であったと単純にまとめられるであろうか?
親が金持ちでも、勉強の結果でしか判断されず、親の期待を押し付けられて、愛情を知らずにプレッシャーだけを押し付けられて生きてきたかもしれないじゃない。
親が貧乏で借金があっても、親の愛情をしっかりと受け取って、心は幸せで生きてきたかもしれないじゃない。
表面の事象だけ捉えて考えたってそんなの本質じゃない。

アドバイスとは、自分の人生を意見に乗せて相手に押し付ける行為ではない。