Way to be HAPPY

Life is a Journey

あなたは悪くない

一日かけて書き起こしたよ。
1時間のリーディングを書き起こすのにこんなに時間がかかるものだとは思ってもみなかった。
でも、英語→日本語にする作業も入ってるから、こんなものなのかもしれない。私の実力では。

私は解離性同一性障害のようだ。
他にも2つ人格がある。飲酒している時の人格と過食している時の人格。
そして、加えて幼いまま取り残されたインナーチャイルド
正直、別人格だなんて自分がそうだと言われるまで信じてもなかった。
そんなことってあり得るの?と思っていた。
あり得るのだ。
記憶がプッツリ途切れている時、それは私という人格が誰かに入れ替わっている時だ。
記憶がないなんて、忘れやすいだけ、飲み過ぎただけ。
そう思っていた。

朝起きて、真っ裸で、でも記憶がなくて、隣にいる男に「ねえ、私たちってやった?」
と聞いたことさえある。
今思えば、その時、そんなにお酒は飲んでいなかった。
泥酔しても覚えている時と、覚えていない時の理由は別人格が出てくるか否か。

私はセックスなんてどうでも良いと思っていたし、やることは自分の存在意義になっていた。
誰かに求められていなければならない。女性として。
そう思っていた。常に。だから誰でも良かった。気持ちよくなくても、例え痛くても。
そうやっていろいろな人とやってきた。
本当は嫌だったのだろう。だから、別人格が処理してくれていたのかもしれない。

セックスを本当の意味で楽しんだこと、それは一度もない。
こういうものだと思ってきた。ただの摩擦運動。
そして人にはセックス好きの女だと思われてきた。

そういう考え方でさえ、途中で会得したモノだったとは思いもよらなかった。

ただ、幼い私はチンコ見せられて、無理やりフェラさせられただけで、
こうもおかしくなってしまうのだろうか?
薬に溺れ、過食に溺れ、セックスに溺れ、酒に溺れ、タバコに溺れる・・・
そこまで人の人生を破壊してしまうトリガーになり得るのだろうか?

だとしたら、その変態の軽はずみな行為のせいで私は25年もずっと気付かぬまま苦しみ続けてきたことになる。
自分でも理由は分からず、ただ生きていることへの、存在することへの罪悪感を抱えたまま生きてきた。

原因を知っていれば、対処のしようがあるかもしれない。
それは、レイプされた記憶があればまだまし、って言っているんじゃない。
記憶があることはきっともっと辛いことなのだと思う。
何故なら、私は忘却を選択したのだから。その辛さに蓋をしようとしたのだから。
覚えていると言うことはとても残酷なことだから、私はその記憶を消したのだ。

それでも、その蓋はぴったり閉じられることはなく、
少しずつ漏れ出してくる感情で心も体も数十年かけてボロボロにしてきた。

生きていることは、こんなにも辛いのかとずっと思ってきた。

人に話せば、辛いのはあなただけじゃない、あなたは幸せなくせにそんなことを言う、とか。
もっと辛い人はたくさんいるのに、とずっとそう言う目で見られてきた。
過食症は甘えだと心ない人に何度も言われた。
今思えば、よく人にそんなことが言えたものだと感心さえする。
そしてそう言う人ほど、人のことを思いやっているようなフリをする。
そう言う偽善者に幾度となく傷つけられてきた。

でも、私は何も知らなかったんだ。
どうしたら良いか、全く分からなかった。
原因も分からない。解決法も分からない。
ただ、日々をもがき苦しんで、そんな自分を責めて生きてきた。

こんなんじゃだめだ。だめだ。だめだ。
私はなんてだめな人間なのだろうって何十年もずっと自分を責め続けてきた。

自分を責め続けることさえ、パートナーに責められた。
もう、ただの生き地獄だった。
だから、私はお酒を飲み、泥酔することでそれらを考えられないようにした。
脳さえ麻痺させてしまえば、こっちのものだから。
それでも、嫌でも朝はくる。アルコールが抜けて、またいつもの私が始まるのだ。

そんな日々を過ごしていた私をようやく救い出してくれた人がいる。
彼女は私が何を言おうと、常に愛を持って接してくれた。
「あなたが悪いんじゃない」
そう生まれて初めて私に言ってくれた人だった。
25年間ずっと言われたかった言葉を25年間で初めて。

何故人は人をジャッジしたがるのだろう。
何故人は人が自分の思い通りにならないと傷つけようとするのだろう。
そう言う人ばかりにしか出会ってなかったのだと、本物に出会って初めて知った。

彼らは通常は良い人の顔をして近づいてくる。
だから気付かない。
でも、私の精神は摩耗していく。それだけがわかる。
そして、いつも私はこう思っていた。
こんなことで摩耗していく私の精神が悪い。

そして、限界が来て離れても、知らないところでいろいろなことを言われている。
それは、感じることもあるし、巡り巡って誰かがご親切に教えてくれることもある。
その誰かも、残念ながら同じ穴のムジナなのである。笑

でも、もう大丈夫。
私は私で選択できる。
もう誰かの言いなりにはならない。
そして、本当の愛とは何かを知ったような気がする。

だから、きっともう大丈夫。